葉巻な話:キューバ編

Dr.MatchPlayのワールド・シガー・ガイド

      

Christie'sの葉巻オークション

Christie'sよりオークション目録が届いた。既に終了しているが5月14日(日)にジュネーヴで開催されたワインと葉巻のオークションの目録である。どんなものが出品されるのか興味があり、野次馬気分で申し込んだ。
もっと粗末なものを想像していたのだが、どうしてどうして。レター・サイズで約80頁程度、上質の紙に余白をたっぷりと取った目録のうち、出品予定の葉巻のリストはわずかに4頁であった。しかし、いずれも逸品揃いである。3分の2以上はキューバ産のDavidoffである。ドン・ペリニオンに代表されるシャトー・シリーズがズラリと並んでいる。また、DUNHILLの名前も登場する。そして、名品と言われているLa Flor De Cano Short Churchillsも数箱出品されていた。
また、相場も随分と上がっているようだ。回を重ねる毎に30%ずつ値が上がっている印象である。
Christie'sではこれまでワイン部門の一部として葉巻のオークションを実施して来た。そして、前回3月上旬に初めて葉巻のみのオークションが開催された。

取引総額77万ドル(取引手数料を含まず)、過去の最高値を次々と塗り替える高額取引が目白押しだったらしい。かつ、かなりの量を香港の入札者が落札したということである......この人たちが今回の高値の張本人であるのだが、落札価格を見て、かつてバブル経済と呼ばれた頃に美術品を買い漁った日本人が思い出されてイヤな気分になったのは私だけ?いやいや、これはビンボー人の僻みである。(05/19/00)

Ramon CifuentesとPartagas 150th Signature Series

1827年、カタロニアの移民、Don Jaime Partagasは葉巻の製造を始めました。そして、1845年より銘柄名に彼自身の名前、Partagasを冠するようになりました。彼の没後、1889年にこの銘柄はRamon Cifuentes Llanoの手に渡り、Cifuentes y Cia.により守り継がれ、着実に有名銘柄としての地位を確固たるものとしました。
そして、Ramon Cifuentes Llanoの息子であるRamon Cifuentes Torielloの代になった1959年の年明け、キューバ革命政府による工場の国営化という事態が発生しまし
た。当時、Fidel Castroとキューバ政府は翁に対して政府統制下の葉巻事業の責任者のポストを提示しました。ところが、翁はその提案を一蹴し、米国へ逃れました。1961年当時、52歳の翁を亡命に駆り立てたのは一体何だったのでしょうか......
現在もキューバではキューバ革命以前から残る銘柄の製造が続けられています。そして、革命以降に多くのキューバ人が煙草の種と共に国外に逃れました。その後、自分たちがキューバで保有していた銘柄を他国で再建し、結果、多くの同一銘柄が並存することとなりました。そして、その両方の時代を知る最後
の生き証人だったRamon Cifuentes Toriello翁は2000年1月3日、スペイン在住の実妹の家で91年の生涯を閉じました。
かつて、翁の人生の一部であった旧Partagas工場は唯一観光客向けに開放され、キューバの観光名所のひとつになっています。

partagas 150th signature AA0.JPG (22576 バイト)

そして、1961年に翁はそこを出立して以来、二度とその地を踏むことはなかったそうです。
1995年、Partagas150周年記念としてSignature Seriesという葉巻が発売されました。大きさは2種類、Aと呼ばれるものが6 3/4×43、もうひとつのAAは7 1/2×49です。18年もの歳月をかけてじっくり熟成されたカメルーンのラッパーを使ったこの葉巻には翁自身の署名が添えられています。この葉巻はPartagasというよりもRamon Cifuentes Torielloが全身全霊を傾けた渾身の力作だと思います。そして、最後の作品となりました。
翁は自らこの葉巻のことを"These are by far richest and most perfectly balanced cigar ever made in the true Partagas deep-flavored tradition."と語っています。キューバ革命を境に一変した人生の困惑、葛藤、決断、失意、渇望、再起、復活、望郷、そして、最後まで祖国へ戻ることを夢見て果たせなかった翁の昔日の想いが込められているように思えてなりません。
(00.04.30)

創立125周年

田中久重翁は田中製作所を新橋に創設、電信機の製造に着手した。「光る光る東芝......」という歌が懐かしいTVCFや提供番組、数多くの電気製品を送り出している「東芝」の前身である。そして、同じ頃、Inocencio AlvarezとMannin Garciaの二人によってシェークスピアの戯曲に因んだ新しい葉巻の銘柄が誕生した。その銘柄は類稀なる品質に1885年から1900年までの4年間、万国博覧会で連続金賞の栄誉に輝いた。現在もキューバとドミニカそれぞれで生産されているRomeo Y Julietaである。
いずれも明治8年、西暦1875年創立であり、今年2000年は東芝とRomeo Y Julietaの125周年にあたる。Romeo Y Julietaが創立125周年と聞かされてもピンと来なかった。しかし、東芝もそうだと聞くと何となく時間の長さというか歴史の重みというものを少し感じられるようになった。自分にとって子供の頃から身近な「東芝」と数年前に見知ったばかりの「Romeo Y Julieta」に対する感じ方の違いなのだろう。
(00.04.30)

「読後焼却すべし?!:国家機密の配合表」

写真のCONTROL DE LOS PESOS DE LAS VITOLAS (MATERIA PRIMA)は(「葉巻製造規格別原材料重量配分表」とでも訳せば良いのでしょうか?)我等がキューバ特派員、BIB氏が、DAVIDOFFが撤退を決めるに至った原因のひとつでり、また、TRINIDADだけはここでしか作らないと言われている、あの難攻不落で有名(?)なEL LAGITO工場へ決死の突入を試みて撮影に成功した貴重な資料です。 control de los pesos de las vitolas.JPG (17313 バイト)
これはズバリ、フィラーあるいはトリパと呼ばれる葉巻の中心部に使用されるタバコの葉の配分を一覧表にしたものです。例えば、TRINIDAD FUNDADORESを100本作るにはフィラーとしてヴォラド(タバコの葉のなかで最も地表に近いところの葉)を292g、セコ(中間部分の葉)を680g、リヘロ(最上部の葉)を202gを配合して使用する、ということを表しております。
そうです、これぞキューバの国家レベルの機密情報、これさえあれば、後は熟練の葉巻職人と熟成した上質のタバコの葉を用意するだけで、TRINIDADを好きなだけ何本でも作ることができるのです!......つまり、EL LAGITO工場丸ごと必要ってことね(笑)
(00.04.14)

キャビネットとキャビネット・セレクション

Tokyo Cigar InfoのBBSでキャビネットとキャビネット・セレクションが話題になりました。
そこで披露された意見を要約すると、
1) キャビネットとはスライド式の蓋のついた木箱で、木地そのままとニス掛けのものがあり、基本的には葉巻が50本入る大きさであるが、現在は25本入りのものも存在する。
2)キャビネット・セレクションとはシガー・バンドもセロファン包装もされていない葉巻50本をリボンで縛り、キャビネットに収めたものである。
3)化粧箱(平箱)の場合には上下左右から圧力がかかるために葉巻の形状が箱型に近くなるが、キャビネット・セレクションの場合には巻かれた時とほぼ同じ円形が保たれる。
4)内張りが紙の化粧箱に比べ、葉巻が押し潰されることのないキャビネットの方が熟成保管には向いているかも知れないが、一般に言われるようにキャビネット・セレクションの方が化粧箱の葉巻より長めに熟成されているということの真偽は定かではない。
と理解しました。
さて、海外のサイトには化粧箱であるにもかかわらずCABINETと誤った表記を行っている処もあるようで(私もヒドイ目に合ったこともありましたが......ご安心ください、そのようなサイトはリンク集には紹介しておりません。)案外、きちんとした定義や意味合いが説明されていないようにも感じました。
(00.04.12)

DavidoffとCohibaの秘密

これまで、ダヴィドフのキューバ撤退の理由として「品質低下」「利益配分」を上げました。そして、ここにもう一つ興味深いエピソードが浮かび上がってきました。
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1967年、ダヴィドフはエル・ラギート工場の買収とコヒーバ銘柄の製造をキューバ政府に持ちかけました。しかし、キューバ政府はコヒーバ銘柄の保有にこだわり、この計画は実現しませんでした。その代わりにキューバ政府はダヴィドフに対してコヒーバのブレンドでダビドフ銘柄の葉巻を生産することを許可したようです。

そして、それらの葉巻は、世界中でヒットました。その様子を見ていたキューバ政府は自らの手で二匹目のドジョウを獲りたかったのか、1982年にCUBATABACOより幻の銘柄「コヒーバ」として一般市場での発売に踏み切りました。そのことにより同じブレンドの異なる2つの銘柄の葉巻が市場に出るという事態が生じました。そして、これが原因でダビドフとキューバ政府との間に亀裂が生じたようです。 

この話が書かれた本を見つけた友人によると、「1960年代、コヒーバ銘柄の政府専用葉巻はランセロス(カストロ議長のお気に入りサイズ)、コロナ・エスペシアルとパナテラスだった。そして、ダヴィドフが#1と#2を発売したのが1960年代後半である。つまり、この話が本当ならば、ダヴィドフ#1とコヒーバ・ランセロス、ダヴィドフ#2とコヒーバのコロナ・エスペシアルスはブレンドもサイズも全く同じ葉巻である。」ということです。

とは言え、当時のコヒーバは政府専用で一般市場に出回ることはなかったので、何とか折り合いが付いたのでしょう。ところが、一般市場での販売となるとこれはまるで違う話です。繰り返しになりますが、1982年からダヴィドフ撤退の1991年まで、別々の銘柄であるダヴィドフとコヒーバの数種類の葉巻が、同じサイズ同じブレンドで作られて同じ市場で売られたということです。これはダヴィドフにとって到底容認できることではなかったことかも知れません。

例えばダンヒルが再びキューバでの製造を望むようであれば、キューバ政府は受け入れる用意があるようです。しかし、ことダヴィドフとの出来事となると多くを語りたがりません。その様子から仮にダヴィドフが何らかの打診をしたとしても受け入れる可能性はゼロのように伺えます。もっとも、ダヴィドフ自身が何らかの可能性をキューバ政府に打診する気になるとも思えないのですが。(00/02/22)

順番の意味は?

調べもののついでにLa Casa Del Habanoのサイトを眺めていたところ、奇妙なことに気が付きました。Hecho en Cubaのページには各銘柄の説明が掲載されています。その銘柄の並び方なのですが、
Cohiba、Montecristo、Trinidad、Romeo Y Julieta、Partagas、H. Upmann、Hoyo de Monterrey、Punch、Bolivar、Vegas Robaina、Sancho Panza、La Gloria Cubana、Rafael Gonzalez、El Rey Del Mundo、Por Larranaga、Ramon Allones、Saint Luis Rey、Fonseca、La Flor De Cano、La Troya、Los Statos、Quintero、Quai D'orsay
ご覧の通りアルファベット順ではないのです。

小売店のサイトの場合、店主の好みか、編集上の都合かで必ずしもアルファベット順ではないものを見かけます。しかし、La Casa Del Habanoは、一応はHabanos s.a.のお墨付きというか、言わば一種の直営店舗のようなものと聞いています。従って、銘柄の順番は「何かを示唆」するような並べ方ではなく、単純にアルファベット順の方が相応しいように思うのです。

では、「何かを示唆」するとは、どういうことでしょうか?極めて単純な話、人気あるいは格式による並べ方なのかと思ってしまいます。CohibaがトップでMontecristoが次点、たった一種類しかないけど政府御用達だったTrinidadはいきなり3位......はっきり、そう言っているのでしょうかねぇ。(00.02.08)

Ramon Allones本格的に再生産開始?

1999年11月に一人一箱という制限付きで英国のディーラー経由で手に入れたRamon Allones 8-9-8 Varnishedが非常に旨いと思いました。そして、2000年1月中旬に同じディーラーから入荷連絡があったためすぐさま手配を頼みました。
その直後に別のパナマのディーラーからも同じくRamon Allones 8-9-8 Varnishedが入荷したとの連絡が届いたので、そちらにも注文を入れました。最初の二箱は2ヶ月程の期間をあけて英国経由で、もう一箱はパナマを経て日本に到着しました。ところが、興味深いことにいずれの箱の裏にもOSU-EOOOという新しいコード体系によるスタンプが入っていました。つまり、この3箱は同じ時期に同じ工場で製造されているということを意味しております。
それぞれのサイトをチェックしたところ、それぞれの通常の葉巻メニューのRamon Allonesのリスト中にGigantesや8-9-8 Varnishedが登録されておりました。これらのことから、これは以前にもレポートしましたが、Ramon Allonesは本格的に再生産を始めた、というべきか、とにかくHabanos s.a.は真剣にマーケティングに取り組み始めたという印象を強くしました。(00/02/08)

葉巻の生産状況と品質

Tokyo Cigar InfoのBBSに友人が次のような記事を掲載しました。
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BIB <> 11 Jan 2000 16:26:12
MatchPlayさん
BIBです。キューバ葉巻産業に関するご意見、大変参考になりました。
新世紀に向けてのキューバ葉巻産業は、近いうちに解除されるであろう、アメリカのキューバに対する貿易制裁を見据えて、やはり数年前から変革しつつあると、私も思います。キューバ政府も10年ほど前から増産に向けて、病気に強い新種のタバコ、Havana-92、Havana2000の開発などをおこなっていますが、タバコの収穫料が上がっても、その収穫料に対して高品質の葉巻製品を生産することは、今のオールハンドメイドのシステムでは対応しがたいと思われます。下記でTsutsumiさんがご指摘しているように、98年のシガーカンファレンスで発表された大胆な2000年2億本生産目標が達成されそうもない今、キューバの葉巻生産システムでは、高品質の葉巻生産の限界に来ていると思います。ご存知のようにキューバの葉巻生産の工程は90%以上人力でおこなっています。畑にはまだ、トラクター代わりに牛がのんびり土を耕し、製品化された葉巻の出荷の時にでさえ、フォークリフトなどを使わず人力でトラックに積んでいます。
しかし個人的には、このような、のどかな生産システムは世界的に言って貴重な存在かと思うので、残してもらいたいと思います。今後、生産効率を上げるため幾つかの部門で機械化が導入され、今より品質の悪い葉巻(今もいいとは思いませんが)が輸出されるようでしたら、少し葉巻が吸える本数が減っても、現状の方がいいかと私は思います。
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J.Tsutsumi <> 10 Jan 2000 09:32:14
ハバナラウンジでチラシを読んでいたら面白い記事が出てました。ハバノス一家が輸出した葉巻は、96年が7200万本、97年は1億本、98年は1,6億本、99年は天気が悪くて1,5億本、そして00年はナント2億本を予定していたのですが、流石に品質が低下していることを認めておりハバノス一家のGARCIA副社長のコメントが出ておりました。
1.2000年の輸出量を1,6〜1,7億本に抑える。
2.COHIBA、TRINIDADはゼッタイ田舎工場で巻かない。
3.M.CRISTO、R&J、PARTAGAS等のトロペードやチャーチル等も地方じゃ巻かない。
4.ただロンズデ−ルやコロナは田舎工場で巻くかもしれない。(?!)
5.R&J、PARTAGAS、BOLIVARの機械巻きは名前を変えて老舗の面子を保つ。
だそうです。
MatchPlayさん、ダビドフMILLENNIUMコレクションが吸ってみたいです。僕の葉巻仲間はケチが多くて見せびらかしても決して吸わせてくれないのですが、みんな口をそろえてキューバ産ダビドフを凌ぐほどだと言っております。
これはドミニック産でハバナを追い越そうとするダビドフ一家の挑戦状のようデスね。どっちを応援しようかナー。
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これらの掲載にヒントを得て、数値的なアプローチをしました。
別の友人によれば、「一般に葉巻職人は一日当り52本分の材料を受け取り50本の葉巻を納めるということになっている」そうです。また、2本分は失敗した時の予備の材料で、もし、52本全て巻き上がったら残った2本は自分のものにできるということらしいです。(この余剰分が贋作市場に出回る可能性大?!)
さて、キューバの平均的な労働日数は想像するしかありませんが、増産体制下ということを考え週休1日とし、祝祭日を考慮して300日とすると葉巻職人一人当り15,000本が年間の製造数量ということになりそうです。
ということから推定すると、1996年の葉巻職人の数は4,800人ですが、1997年には1,800人強が増えて6,667人、そして、1998年は一気に4,000人増えて10,667人になった勘定になります。1999年の後半に製造されたものは、それ以前のものよりも良くなったような気がしておりましたが、時間が経過した分だけ葉巻職人の習熟度が向上したということかも知れません。
もし、2000年に2億本作るのであれば更に3,300人強の職人が必要となります。しかし、2000年の製造数量が1999年と同量程度であるならば品質向上に期待できるようにも思えます。
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Tsutsumiさん、BIBさん、いつも面白い情報をありがとうございます。

私感・キューバ産葉巻の過去現在(2000.01.11)

キューバ産葉巻の輸出量の変遷とDavidoffの撤退やCUBATABACOからHabanos s.a.への移行、そしてHabanos s.a.の責任者の交代を重ね合わせて見ただけでいろいろと想像が膨らみます。

80年代は禁煙ブームもあったせいか、葉巻にとっても悪い時期だったようです。縮小傾向の市場を相手に高品質の維持には大変な困難が伴います。当然のことながら品質は低下し、その結果、更に収益性が下がるという悪循環が繰り返されるのではないでしょうか。贋作問題や品質低下のみならず利益配分についてもキューバ政府とDavidoffの間で激しいやりとりがあったことは想像に難くありません。そして、83年から既に米国市場向けにホンジュラスでZino銘柄の葉巻を製造していたDavidoffは91年にキューバでの製造を打ち切ることになりました。


一般には1994年11月にCUBATABACOからHabanos s.a.に事業が引き継がれたとされています。ところがすでにDavidoffが撤退した91年以前からHabanos s.a.は活動を始めていたようです。このDavidoffの件も含め葉巻輸出量(=収益)の低下を主な理由にCUBATABACOからHabanos s.a.に全ての葉巻事業権が移ったように推察します。
また、日本ではバブル末期の1989年から91年にかけて輸入量がピークを迎えておりますが、全世界的(米国的?)にはアメリカ大陸発見500周年記念の年である1992年にCigar Aficionadoが創刊され、そのオーナーが故ケネディ大統領のヒュミドールをとんでもない金額で落札して全米中の話題となって以来、年々キューバからの輸出量が増えているようです(97年は前年比40%、98年は前年比60%の増産実績)。そして、輸出量の増加と共に高級葉巻店、La Casa del Habanoのフランチャイズ展開に拍車が掛かったようです。例えば香港の大手葉巻輸入会社Pacific Cigarは極東地区のみならず、95年から98年にかけてカナダ国内の主要都市に4店舗をオープンしました。

(62年に)故ケネディ大統領がキューバ製品禁輸制限を発効してすでに38年が経過しますが、その原因となった冷戦は終結し、年々解除に向かう雰囲気が強くなっております。一方の当事者であるカストロ大統領は存命ですが、キューバ政府内では米国の禁輸解除を見越し、世界最大の市場への再参入を見越しての戦略が組み立てられているように思います。例えば97年に発表されたVegas Robainaや昨年11月に発表されたばかりのSanCristobal de la Habanaなどは、米国市場への投入を見越した葉巻の品揃えのように思えるからです。なぜなら、Montecristoなどの銘柄は主にドミニカを製造拠点とするキューバからの亡命者や企業により米国で商標登録されており、この問題解決なくして米国市場に投入することは不可能であるからだと思います。

ところで、「Habanos=ハバナ葉巻」という呼称がありますが、名が示す通りPartagasに代表され今日まで愛好されている銘柄のほとんどがハバナ市内の工場で生産されていました。しかし、現在ではハバナ市外の工場でも多数製造されていることも周知の事実です。というのも箱裏に製造工場と製造年月を識別するコードが押されているからです。しかし、相変わらず一部の熱狂的な葉巻愛好家の中には「(旧き良き時代に)ハバナ市内に建てられた工場で製造されていない葉巻はHabanosではない」という風潮が根強く残っています。

そして、コード体系が定められて以来15年を経た99年1月にこのコード体系が刷新されました。けれども、この新しいコード体系は直ちに解読され3月頃にはインターネット上で誰もが知るところとなりました。そこで99年4月頃には更に新しい暗号化の手法が採用され、99年8月頃からは毎月コードを変更するようになるにいたって、箱裏のコードを見ても製造年月も製造工場も特定することが困難になりました。
この事実から想像力を逞しくするならば、(キューバ革命の遥か以前から)ハバナ市内にある葉巻工場の老朽化や地価高騰などの事情から全ての生産拠点を市外に移そうとしているのではないかと推察します。

また、コード体系の変更と前後して全世界的な流通網の見直しが始まったようです。
例えば英国のHunter & Frankauのようにキューバ革命の嵐をも潜り抜けて事業を継続している処は流通経路も整備されていると思われますが、葉巻ブームに乗り急成長を遂げた新興市場では流通経路が乱れているために大きな手術が行われるように思います。
そして、昨年11月に行われたSan Cristobal de la Habanaのお披露目のレセプションにおいて、引退したFrancisco Linares氏に変わり新しくHabanos s.a.の責任者に就任したOscar Basulto氏が初めて姿を現しました。この世代交代とも言える人事そのものがMillenniumに向けての変化の予兆に思えてなりません。

       

主要銘柄のキューバ・英国・日本価格比較

原産製造国のキューバ、共産圏、ヨーロッパと日本では葉巻の価格に違いがあります。偶然にもキューバとイギリスそれぞれの国内価格表を入手することができましたので、主要銘柄について日本の価格との比較を行って見ました。

キューバ煙草公社が煙草問屋への「卸率」をどのように設定しているのか想像付きませんが、日本やイギリスでの価格はキューバ国内価格の3倍前後というところでしょうか。
キューバの価格が安いということは想像付いたのですが、イギリスでの価格が高いのは予想外でした。
日本が一番高いのではないかと思っていたのですが、イギリスもどっこい、為替レートにもよるのでしょうが、COHIBA ESPLENDIDOSは日本よりも割高です。また、面白いことに日英共に1本あたりの値段が最も高価な葉巻はMONTECRISTO "A"のようですが、キューバではCOHIBA ESPLENDIDOSの方が高く売られているようです。
主要銘柄の3ケ国価格比較表のページ
      

キューバ葉巻禁輸措置解除に反対?

葉巻好きジョン・F・ケネディの裏話
JFKに纏わる話のひとつ、対キューバ政策に厳しかった彼が実はキューバ産葉巻の愛好家だったということは、彼の人柄を偲ばせる話として今なお語り継がれております。
アメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディの報道官だったピエール・サリンジャー氏はある日の夕刻、大統領執務室に呼ばれました。出頭したサリンジャー氏に向かって「H.UPMANNのPETIT CORONASを明日の朝までに集められるだけ・・・・・・1,000本位は欲しいな」と指示したそうです。頼みであっても相手が大統領であれば絶対です。サリンジャー氏は深夜遅くまでかかりきりで葉巻集めに奔走したようです。その結果、翌日の朝には「1,100本を手に入れました」と報告ができたようです。

すると、大統領は嬉しそうな笑みを浮かべながらキューバ製品の全面禁輸措置を実施するための大統領命令に署名をしたそうです。それは、キューバ侵攻作戦が失敗に終わって数ヶ月を経た1962年2月のある日のことでした......その後、JFKの葉巻保管箱はオークションに出品され予想通りの高値が付けられました。そして、その保管箱にはJFKの遺したH.UPMANNのPETIT CORONASが入っていたそうです。

米国が禁輸措置を解除すると・・・
さて、キューバ禁輸措置施行から37年目を迎えておりますが、この数年来、キューバ製品禁輸措置に関する議論が活発になっております。最も熱いのが言わずもがな米国葉巻業界なのですが、葉巻輸出国であるキューバは米国市場の潜在需要に期待しているはずですし、かつ、葉巻消費国の米国としてもビジネス・チャンスの拡大ということで禁輸解除に向けて両者の利害が一致しているように思えます。

もし、米国が禁輸措置を解除するとどうなるか?まず、葉巻の値段が上がることは確実です。同時に品質低下に拍車が掛かるでしょう。そして、最も問題なことは需要増の結果として今以上に贋物が出回ることが容易に予想されます。
ということで、米国在住の葉巻愛好家の方には申し訳ないのですが、私は禁輸措置解除に反対なのです(笑)。
また、いつ解除されるかも分からないので、せっせとキューバ産葉巻を集めているのです......というのは美人の妻に対する言い訳ですね(笑)