2006年11月28日

Nikon Mikron 6X15 IF - Made In Occupied Japan 1940's

1947(昭和22)年2月20日から1952(昭和27)年4月28日(サンフランシスコ平和条約発効日)までの約5年間、GHQによる占領下政策のひとつとして、日本から欧米に輸出する製品には「Made In Occupied Japan」と記すことが義務付けられていました。
それら輸出品の多くは陶器でしたが、時折「お宝鑑定団」に登場するような缶詰のブリキを加工して作られた玩具、セルロイドの人形、日用品から小物までいろいろあったそうです。これら日本経済の復興の一躍を担った製品群、現在では「OJ」、「MIOJ」あるいは「オキュパイド ジャパン アイテム」などと呼ばれ、欧米ではコレクションの対象になっているそうです。
1917年、日本光學(現ニコン)は光学兵器の国産化のために創業されましたが、創業28年目の1945年より民生用光学機器メーカーとしての新たな第一歩を踏み出すことになりました。それまで主に軍用として培った技術をもってカメラや双眼鏡を造り、Made In Occupied Japanの文字を刻み、外貨獲得のために海の向こうに旅立たせました。

6X15MIOJ04S.jpgNikon Mikron 6X16 IF MIOJ 01
Nikon Mikron 6X16 IF MIOJ 03Nikon Mikron 6X15 IF MIOJ 02

Nikon Mikron 6X15 IF MIOJ 05
さて、このモデルはMade In Occupied Japanの文字と6X15 IF仕様の製造時期から推定して1948年から1952年の間に製造されたものと思われます。つまり、モノが不足していた時代に製造され、少なくとも半世紀以上が経過していることになります。ところが、これはほぼ新品に近く、メッキの磨耗や錆などが見当たりません。それどころか、使われている素材の品質や仕上げの緻密さ、メカニズムの精度など、当時の完成度の高さを誇るだけでなく、現役としての役割を果たすだけのコンディションを保っていることに驚きです。そして、現行の復刻版よりもやや小ぶりですが、重量は165gと復刻版よりも35g重いことから、真鍮製のケースにクロムメッキを施したものだと推定されます。

左のプリズムケースの上に刻印されたニコンの旧ロゴマークはプリズムとレンズの組み合わせたもので、形が似ていることから「富士山マーク」と呼ばれることもあります。そして、この旧ロゴマークとMade In Occupied Japanの文字との組み合わせを見ると、本当に「富士山」という日本の象徴を背負って羽ばたったのだとの感慨をすら覚えます。

持ち主の友人によると、この双眼鏡は旅行先の米国でたまたま暇つぶしに入ったアンティークショップで偶然に見つけたもので、予想以上に安かったとのこと......こうして、また、ひとつ里帰りを果たしました。

投稿者 Matchplay : 2006年11月28日 00:00 | トラックバック
コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?